
芳一は、暗いはか場のまん中にすわって、琵琶をひいていました。
そして、そのまわりを、いくつものおに火がとびかっているのでした。
(芳一は、ぼうれいにとりつかれたんだ。)
と、寺男は思いました。
くやしなみだとともに、海にしずんでいった、平家一族のぼうれいに。
寺男は寺に帰って、おしょうさんにこのことを話しました。
話を聞いたおしょうさんは、芳一をよんで、
「芳一、おまえのすぐれた芸が、ぼうれいをよんだのじゃろう。が、ぼうれいにしたがうものは、命をとられるのだ。
今夜、わしは出かけなければならん。そこで、おまえの体にまじないの経文を書いておく。
そうしておけば、ぼうれいはとりつくことができない。
ぼうれいがおまえをよんでも、決して返事をしてはならぬ。
声を出せば、まじないはやぶれて、きかなくなる。
よいか、じっとざぜんを組んで、どんなことがあっても、声を出してはならん。」
「はい。」
芳一は、体じゅうに経文を書いてもらい、夜ひとりですわっていました。
するといつものように、使いのさむらいがやってきて、
「芳一、芳一!」
と、よびました。
しかし、芳一の体には経文が書いてあるので、ぼうれいには見えないのです。
「芳一、どこにおるんじゃ!」
ぼうれいは芳一をさがし回りました。
そして、ぼうれいは、芳一の耳だけを見つけたのです。
おしょうさんは、耳にだけ経文を書くのをわすれていたのでした。
「おのれ、芳一め。わしがおまえをよびにきたしょうこに、この耳をもらうぞ。」
そして芳一の両耳をつかむと、その耳をもぎとって帰っていきました。
そのあいだ、芳一は、いたさやおそろしさをこらえて、ざぜんを組んだままじっとして、声をあげませんでした。
やがて、お寺に帰ってきたおしょうさんは、急いで芳一のところへくると、
「芳一、どうした、ぶじか?」
芳一は、まだじっとざぜんを組んでいました。
しかし、その耳は両方ともなく、もぎとられたあとから血が流れていました。
「芳一、すまなんだ、耳に経文を書くのをわすれておった・・・。」
しかし、その後、二度とぼうれいはあらわれることがありませんでした。
やがて芳一のきずもなおり、この話はやがて人から人へとつたわって、芳一の琵琶はますますひょうばんになりました。
そしてゆうめいな琵琶法師となったそうです。